昴ママの気まぐれ日記




長崎・佐賀の旅 Ⅱ :: 2015/11/18(Wed)

2日目  10月31日

朝食はを昨日見つけた美味しいパン屋さんで購入したパンとコーヒーで済ませ、ホテルから

歩いて【出島オランダ商館跡】へ



出島オランダ商館跡

国指定史跡(出島和蘭商館跡)。

鎖国時代の約200年間、日本で唯一西洋に開かれていた貿易の窓口。

19世紀、島内には住居や料理部屋、蔵、番所など49棟もの建物があり、現在そのうちの25棟

を復元中。 






カピタン部屋

商館長のことをカピタン(ポルトガル語のカピタオが語源・商館長)と呼んでいた。

カピタン部屋は屋根付きの三角外階段がシンボル。

当時の様子が再現されている。

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車で東山手へ

駐車場に車を預け、洋館&坂道を散策

東山手十三番館

フランス領事ゆかりの洋館

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眼鏡橋

中島川にかかる日本最古のアーチ型石橋。興福寺2代目住職黙子如 定の作

長崎はカステラが有名だが、美味しいよ評判の眼鏡橋近くの「匠寛堂」で五三焼

を購入。

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平和公園

世界平和と文化交流のために作られた公園。

「平和祈念像」

長崎市民の平和への願いを象徴する高さ9.7メートル、重さ30トン、青銅製の平和祈念像。

制作者の長崎出身の彫刻家北村西望氏はこの像を神の愛と仏の慈悲を象徴とし、天を指

した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者

の冥福を祈る”という想いを込められている。


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浦上天主堂

爆心地から約500m、原爆に被災して崩壊。

昭和34年再建。

コンサートが開かれていたので、内部は拝見できなかった。

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↑  被爆くした、マリア像やヨハネ像など




出津教会堂

1879(明治12)年に潜伏キリシタンが多かった外海の出津・黒崎地区に赴任し生涯を

捧げたド・ロ神父が、1882(明治15)年、私財を投じて建てた質実剛健な教会堂

見学は事前連絡が必要なので、外観を見させてもらう。

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西海橋 

新西海橋は、有料道路・西海パールラインの一部。長さ300mの中路式アーチ橋(主橋部)

新西海橋は手前、赤い橋は西海橋

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↑ 針尾無線塔

1918(大正7)年11月に起工され、4年後の192(大正11)年11月に3塔の無線塔が完成。
 
完成した無線塔の高さは約136m、塔の直径は、基底部で約12m、頂部で約3m。

太平洋戦争の開戦を告げた「ニイタカヤマノボレ1208」を中継し送信したと言われているが、

このことに関する明確な資料がないため、事実は不明。




今晩の宿は 【佐世保セントラルホテル】

夕食は佐世保バーガー

佐世保の繁華街、アーケードを散策。ハロウィンで、仮装した若者や家族連れが大勢

歩いていた。

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  1. 九州
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