昴ママの気まぐれ日記




鎌倉散歩♪ :: 2012/12/01(Sat)

鎌倉駅で観光案内をもらい、『さぁー、頑張って歩こう!』と思ったら、雨が

ちょうどお昼時だったので、石釜ピザのお店に10分程並ぶ。

12時開店、3組目だった。

『DADA』



妹と半分ずつ食べた。

定番のマルゲリータ・・・やっぱり、美味しい!

4種のチーズとナッツ・・・蜂蜜をかけて食べる。なんだか、デザートみたい。

1枚が食べ終わり、ころ合いを見て2枚目を持ってきてくれる。

長い間待ったと思われる右端の男性、「美味しかったですか?」と訪ねてみえた。

「マルゲリータ、美味しかったですよ。」と、返事。

雨も上がり、冷たい風が吹いてきた。


鎌倉駅から、南東のお寺に行くことにする。



鶴岡八幡宮の入り口まで歩き、駅の方に戻る。



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クリスマスバージョンのわんこ




紅葉山やぐら

紅葉山やぐらは、宝戒寺後方の滑川に架かる宝戒寺橋を渡ったところにある。

昭和10年に発見され、北条執権ゆかりの者の骨を納めたやぐらとされている。

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妙厳山・本覚寺

江の島鎌倉七福神のひとつ「恵比須様」をまつる。

1436(永享8年)に日出によって創建された。もともとここには天台宗系の夷堂

があったが、日出はこれを日蓮宗に改め、本覚寺とした。

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長慶山正覚院・大巧寺(だいぎょうじ)

『産女霊神』を本尊とし 「おんめさま」の名で親しまれる、安産祈願で有名な寺。

1532(天文元年)、第五世の日棟が、難産で死んだ秋山勘解由の妻の霊魂を鎮める

ために、産女霊神として奉ったことによる。以後、産女霊神は「おんめさま」と呼

ばれ、安産の神として信仰されている。
 
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長興山・妙本寺

日蓮宗の本山。「比企の乱」で知られる比企一族の邸宅跡。

比企能員の妻は2代将軍頼家の乳母で、その娘若狭局は頼家の側室だった。

その勢力を警戒した北条氏は策謀して比企一族を滅ぼした。

難を逃れた能員の子能本は一族の菩提寺として開基も比企能員の末子、能本

と伝えられる。

日蓮聖人に帰依した能本が邸を喜捨、妙本寺が創建された。

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慧霊山・常栄寺(ぼたもちでら)

1253(建長5)年、鎌倉に入って布教を開始した日蓮は、『立正安国論』を著

して北条時頼に上呈し、念仏信仰を捨て法華経を信奉することをすすめた。

そのため1271(文永8)年9月12日には、幕府によって捕えられ、鎌倉の大路、

小路を引回しのうえ、竜口の刑場で斬首されることになった。

奇蹟的に難をまぬかれて佐渡へ流罪となったが、その刑場への途次、この地に住

んでいた桟敷の尼が胡麻のぼたもちを捧げて日蔭に供養したという。『ぼたもち寺』

の由来である。

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八雲神社

平安朝時代永保年中(1083)新羅三郎義光公の勧請と伝えられる。

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法久山大前院・大行寺

1313(正和2年)日範上人が創建した。

本堂は1886(明治19年)、名越松葉ケ谷の妙法寺の法草堂を移築したものといわ

れる。

江戸後期、肥後の大名細川家が作ったとされ、軒の表欄間には竜の彫り物、格天井

には花鳥の絵、欄間には十二支の彫刻が施されている。

すべての病、特に癌に効があるとされる瘡守(かさもり)稲荷をまつる稲荷堂と、

鬼子母神をまつる薬師堂がある。

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祇園山・安養院田代寺

もとは良弁尊観が開いた浄土宗名越派善導寺の地だが、1333(元弘3年)、鎌倉

幕府滅亡の際、戦火で焼失した。 

1225(嘉禄元年)、北条政子(1157~1225)は亡夫源頼朝の菩提のために、開

山に願行房憲静(がんぎょうぼうけんじょう)を迎えて佐佐目(笹目)に律宗の

寺を開創した。

つつじで有名なお寺。

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妙法華経山・安国論寺

一帯を松葉ケ谷といい、1253(建長5年)、安房国から鎌倉に入った日蓮上人が初

めて庵を結んだ場所。

開山は、日蓮宗開祖の日蓮(1222~82)である。鎌倉、比叡山などでの14年にも

およぶ修学後、1253(建長5)年に鎌倉の名越松葉が谷に小庵を結んで布教を開始

した。

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石畳の参道左側に東京・増上寺の徳川家御霊屋から移されたという石灯龍が並ぶ。

参道正面に大きな祖師堂(本堂)がある。

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楞厳山(りょうごんざん)・妙法寺 こけ寺

護良親王(もりながしんのう)の遺見日叡上人が父の菩提を弔うために日蓮聖人

の小庵跡に建立。

日蓮聖人は松葉ケ谷に小庵を結び布教を行ったとされるが、最初の小庵跡は別

の寺であるという説もあり詳細は不明。

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法華堂への石段は一面緑の苔におおわれて、木漏れ日に緑が美しい。

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山上の大塔宮護良親王の墓からの眺め





多福山一乗院・大宝寺

室町時代の1399年(応永6年)、佐竹義盛(さたけよしもり)が出家し、屋敷

のそばに寺を建て多福寺と名付けた。

その後廃寺となったたが、1444年(文安元年)本覚寺を開いた日出上人が再興し、

多福寺の名を山号として残し、寺名を大宝寺に改めた。

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今日も、目いっぱい楽しんだね。寒かったけど、紅葉の鎌倉、素敵だった。

今日、歩いたコースは、小町・大町散策コースというらしい。

鎌倉駅まで歩き、妹宅へ。

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