2010 12 ≪  01月 12345678910111213141516171819202122232425262728293031  ≫ 2011 02
法事
2011/01/30(Sun)
名古屋・東区の覚音寺で義父の13回忌の法要が営まれた。

夫は5人兄弟の末っ子。長兄は義母が亡くなった翌年の平成5年に亡くなり、3人の義姉

がいる。1番上の義姉のご主人は義母と同じ年(平成4年)に亡くなっている。

7人が集まり、義父につながる縁を想い『南無阿弥陀仏』を唱えた。


長兄の連れ合いは来なかった。お墓に自分の夫が入っているのに、墓参りにも来ない。

死んだ人など構っていられないそうだ。長兄の法事もしないし、義母の亡くなった時も

来なかった・・・・


いつも法事を仕切ってくれる義姉が、怒りが頂点に達して昨夜電話をかけてきた。


そういう人なんだから、仕方ないよ。


この記事のURL | 日々の暮らし | CM(0) | ▲ top
ランチ&メナード美術館
2011/01/27(Thu)
今日も楽しいPC同好会のあと、お友達とランチへ


あそ浦

先週、momoさんがお出かけの『あそ浦』でランチ。

熱々の天ぷらが美味しい。1050円とお値打ち。



メナード美術館

Hさんからいただいたチケットでメナード美術館へ

ここまでは、momoさんと同じコース


昭和元年~20年、昭和21年~45年、昭和46年~64年とそれぞれの時代の出来事や写真が

パネルで紹介され、日本画、洋画、工芸およそ55点(所蔵品)が展示されている。

名古屋城は終戦の年の5月に焼けたんだ。

オイルショックは昭和48年だったんだ。トイレットペーパーを買いに走ったと言うが、記憶

にない。結婚した年のことだったんだね。

そうそう、新幹線は39年、東京オリンピックの年だった。

万博へ行って月の石を見たよ。

いろいろ思い出すね。懐かしいね。

この記事のURL | 和食 | CM(0) | ▲ top
打ち合わせ
2011/01/21(Fri)
仲よし

仲よしで、PC初級講座の相談・打ち合わせ




バウンドケーキ

3時は家で、マフィーママにいただいたバウンドケーキでお茶♪

この記事のURL | 和食 | CM(0) | ▲ top
京都・吉峰寺ほか
2011/01/19(Wed)
今日、小牧に帰る。

「京都で行きたいところない?」と、妹夫婦に聞かれ、「貴方達が行ったことがない

ところは?」と聞いたら、大きなお寺や神社はほとんど行ったという。

吉峰寺は不便な所だといい、車で連れて行ってくれた。



11-1-19-1.jpg

長岡天満宮
菅原道真公が太宰府へ左遷された時、この地にお立ち寄りになり「我が魂長くこの地にとど

まるべし」と名残を惜しまれた縁故によって、公御自作の木像をお祀りした。  

寛永15年(1638)には八条宮智仁親王によって「八条が池」が築造された。

社殿(ご本殿、祝詞舎、透塀)は昭和16年に京都の平安神宮の御社殿を拝領移築したもので、

正面朱塗りの拝殿は既存の拝殿を増改築したもので、平成10年秋竣工した。



11-1-19-2.jpg




11-1-19-3.jpg

西京区大原野にあり、雪の残った山道を上っていく。

吉峰寺
西国二十番札所・洛西一番札所

西山三山 (吉峰寺・光明寺・楊谷寺)

山門
元禄5年(1692)桂昌院により再建。楼上の本尊・文殊菩薩と両脇の金剛力士は運慶の作。


観音堂(本堂)
元禄5年(1692)再建。本尊・十一面千手観音菩薩は仁弘法師作




11-1-19-4.jpg

“遊龍”の松  天然記念物
樹齢600年の五葉松。日本一の松。全長54mあったが、平成6年松くい蒸しのため15m余り切った。

右上に写っているしだれ枝は、桂昌院お手植えのしだれ桜。樹齢300年。




11-1-19-5.jpg

多宝塔
重要文化財。元和7年(1621)賢弘法師により再建

奥の院 薬師堂
桂昌院の両親が祈願された開運出世のお薬師様。桂昌院(お玉の方)のように『玉の輿』にのるのを

願う参詣者が多い。




11-1-19-6.jpg

けいしょう殿
見晴らしがよい景勝の地で桂昌院を祀る。

経堂
宝永2年(1705)建立。祈願成就の絵馬堂。桂昌院が鉄眼の一切経を納める。




11-1-19-7.jpg

泉湧寺(せんにゅうじ)
京都市東山区泉涌寺山内町にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院。)

本尊は釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三世仏。

平安時代の草創と伝えるが、実質的な開基(創立者)は鎌倉時代の月輪大師俊芿(がちりんだい

ししゅんじょう)である。東山三十六峰の南端にあたる月輪山の山麓に広がる寺域内には、鎌倉

時代の後堀河天皇、四条天皇、江戸時代の後水尾天皇以下幕末に至る歴代天皇の陵墓があり、皇室

の菩提寺として「御寺(みてら)泉涌寺」と呼ばれている。


仏殿   重要文化財
寛文8年(1668)に徳川家綱により再建。内部に鏡天井には加納探幽筆の蹯龍図が描かれ、三尊仏の

後壁には同じく探幽作の白衣観音像がある。


御座所
現在の御座所は、霊明殿再建時に明治天皇により御所内に会った文化15年(1818)上棟の御里御殿

が移築されたものである。南東に玉座があり、東北には皇后御産の間がある。



11-1-19-8.jpg


仏殿と舎利殿
舎利殿は御所にあった御殿を寛永年間に改装再建した。

鬼瓦の目が光っている場所を教えてもらっった。




11-1-19-9.jpg

来迎院
泉湧寺の塔頭
京都泉山七福神の第4番「布袋尊」の札所




<a href="http://blog-imgs-37.fc2.com/s/u/b/subamama/11-1-19-10.jpg" target="_blank">

今熊野観音寺
弘法大師が唐から帰国1年後の大同2年(807年)に、熊野権現の化身の老翁から十一面観音像

を授けられて建立された。泉涌寺の塔頭でもあり、藤原諸嗣により伽藍が造立が始まり、諸嗣

死後、次男の藤原春津により斉衡2年(855年)に完成する。

子護弘法大師の像

ぼけ封じ近畿十楽観音

写真の今熊野神社は間違いです。



妹夫婦に八条口まで送ってもらい、京都に別れを告げる。

改札を4時2分に通ったら、5分発のこだまがあるのを確認。

2つのエスカレーターを駆け上り、止まっていた列車に飛び乗った。自由席に移動し始めたら

発車。雪のため、定刻より2分遅れて名古屋着。

夫に春日井まで迎えに来てもらって、夕食の買い物をして、6時15分家に着いた。

昴は嬉ションをして大喜びし、匂いを嗅ぎまくり。雪もピョンピョンと喜んだ。
この記事のURL | 京都 | CM(0) | ▲ top
マフィーくん・シェイラーくんに会いに♪
2011/01/18(Tue)
どうしてもマフィーくん・シェイラークンに会いたかったのでBruiserさんに

私の我儘を快く聞いていただいて、会いに出かけた。

駅まで迎えに来ていただき、ランチを予約しておいてくださった。


ビストロ疋田』のランチ



ミネストローネ



11-1-18-2.jpg

キッシュ



11-1-18-3.jpg



11-1-18-4.jpg

コーヒーとオレンジジュースも付いたよ。

優しい味で完食。とても美味しかったわ。

席は満席。人気のお店なんだね。

お料理について詳しい説明は、『マフィーくんのブログ』を見てね。




11-1-18a.jpg

お宅におじゃまして、マフィーくんに再会し、はじめましてのシェイラーくんの大歓迎を受け、

幸せな時間を過ごす。



11-1-18b.jpg



11-1-18c.jpg

16歳のモコナちゃん。



11-1-18d.jpg

昴と違って、賢いマフィーくんとシェイラーくん。

もうすぐ歯が生え変わるのか、噛み噛みのシェイラーくん。

でも、平気だもんね。前歯に間に指を入れれば噛まれないからね

くりくりっとした目が可愛い

ずっと触っていたいけど…


ありがとうございました。

本当に楽しかったわ。


今度は走る姿が見たいわ。

また会える日を楽しみにしています




11-1-18-5.jpg

妹宅で、いただいた疋田のチーズケーキを食べた。あぁー、美味しい♪

し・あ・わ・せ♪
この記事のURL | わんこ関係 | CM(2) | ▲ top
妹と京都へ♪
2011/01/17(Mon)
モノレールに乗って門真で京阪電車に乗り換え、神宮丸太町で下車。

東に岡崎神社に向かって歩く。





熊野神社
弘仁2年(811)修験道の始祖役小角(えんのおづぬ)の十世僧日圓が、国家護持のために

紀州熊野大神を勧請したのに始まる。

寛治四年(1090)白河上皇の勅願により創立された聖護院は、当社を守護神として祟めら

れ別当職を置いて管理した。平安末期後白河法皇は度々熊野詣を行われたが、当社にも厚

く尊信をよせられた。応仁の乱により社殿は焼失したが、寛文六年(1666)聖護院宮道寛

法親王は、令旨を下し再興され、その境域は鴨川に至る広大なものであった。その後、天保

六年(1835)にも大修造が行われた。現在の本殿は、この時、賀茂御祖神社(下鴨神社)か

ら移築された代表的な流れ造りである。
 
御祭神は、我国最初の夫婦神である伊弉諾尊・伊弉冉尊であり、縁結び・安産のご利益がある。

病気平癒のご祈願も多い。



11-1-17-2.jpg

御辰稲荷神社
「辰」の字が、達成の「達」につながるとされ、芸事の神様として信仰されている。

「京の風流キツネは、碁の好きな宗旦キツネと、琴の上手な御辰キツネ…」と謡われ、芸事を

する人たちが多く参拝したといわれる。




11-1-17-3.jpg

岡崎神社
桓武天皇、延暦13年(794)の平安京遷都の際、勅願により王城鎮護のため平安京の四方に建立さ

れた社の一つで、都の東に鎮座することから東天王と称し方除け・厄除けの神として信仰されて

いる。清和天皇、貞観11年(869)に改めて社殿を造営し、播州広峰(兵庫県姫路市北方)から御祭

神を迎えた。後に後醍醐天皇が御再建。以来室町時代には将軍足利義政等により修造があり、幕

府との関係も深い。治承2年(1178)には中宮の安産祈願の幣帛を賜ったことにより、子授け・安産

の神として昔より信仰されている。



11-1-17-4.jpg

都の卯(東)の方位にある付近一帯が野兎の生息地で、うさぎが氏神様の神使いとされる。境内の

御手水の所には月の力を満たしたうさぎ像があり、水をかけてお腹を擦ると祈願が叶うと信仰を

集めている。そして本殿前には狛うさぎがあり、うさぎが多産であることから子授け安産祈願。



11-1-17-6.jpg

浄土宗大本山くろ谷 金戒光明寺
浄土宗の大本山、承安5年法然上人が比叡山の黒谷を下り、草庵を結ばれたのが浄土宗最初の寺院

のはじまり。西山連峰、黒谷の西2キロの京都御所、西10キロの小倉山を眺み山門、阿弥陀堂、本

堂 など18もの塔頭寺院が建ち並ぶ。幕末京都守護職会津藩一千名の本陣にもなった

本尊/阿弥陀如来


御影堂(大殿)
内陣正面には宗祖法然上人75歳の御影(座像)を奉安している

火災による焼失後、昭和19年に再建となったもので、堂内の光線と音響に細部の注意がこらされて

昭和時代の模範建築物といわれている。



山門
万延元年(1680年)の完成。



11-1-17-5.jpg

三重の塔
くろ谷の西にあった中山文殊が、江戸時代初期徳川秀忠公菩提の為に建立の三重の塔

に安置されている。この本尊の文殊菩薩と脇士の像は運慶の作。

三重の塔下の墓地に『江』の遺髪の入った供養塔があった。




11-1-17-7.jpg

鈴聲山真正極楽寺 真如堂
比叡山延暦寺を本山とする天台宗のお寺。

真正極楽寺とは、「極楽寺という寺は多いけれど、こここそが正真正銘の極楽の寺である」と

いう意味。一般には「真如堂」と呼ばれているが、それはもともとは本堂の呼び名。
 
今から、約1千年前の永観2年(984)、比叡山の戒算上人が、比叡山常行堂のご本尊阿弥陀如来

(慈覚大師作)を東三條女院(藤原詮子。円融天皇の女御・一條天皇の御母)の離宮があった現

在の地に移して安置したのが、真如堂の始まり。

本堂は、元禄6年(1693)から享保2年(1717)にかけて建立。十五間四面・総欅・単層入母屋・本

瓦葺で、木材にはことごとく「○○家先祖代々菩提の為」と記されている。

本堂正面の宮殿(徳川五代将軍綱吉公と桂昌院の寄進)の中には、ご本尊阿弥陀如来・不動明王

(安倍晴明の念持仏)・千手観音がまつられている。




11-1-17-8.jpg

真如堂から再び金戒光明寺を通り、てくてく歩く。



11-1-17-9.jpg

平安神宮
平安神宮は平安遷都1100年を記念して、明治28年に遷都のおや神様である第50代桓武天皇をご祭神

として創建された。当時、京都の衰退ぶりは目を覆うものがあった。幕末の戦乱で市街地は荒廃し、

明治維新によって事実上首都が東京へ遷ったことは人々の心に大きな打撃を与た。

千年以上も栄え続けた雅やかな京都を後世に伝えるために、京都復興にかけた多くの人々の遺志を

後世に伝えるために、平安の祈りをこめて創建された。

その後、皇紀2600年にあたる昭和15年には、市民の懇意によって平安京有終の天皇、第121代孝明天

皇のご神霊が合わせ祀られ、「日本文化のふるさと京都」のおや神様として広く崇敬を集めることに

なった。



11-1-17-10.jpg

右近の橘
橘の実がなっていた。

春に来た時は、紅しだれ桜が綺麗だったわ。




11-1-17-11.jpg

知恩院の近くでおばんざいのランチを食べた。

寒かったので、暖かいお味噌汁が嬉しかった。




11-1-17-12.jpg

高島屋近くを通った時、そういえば以前にPC仲間で来た時、京都出身の方が美味しい漬物の

おみせがあると言っていたことを思い出し、少し脇道に入る。

京つけもの老舗 『村上重本店』

妹が、『すぐき』の好きなお義姉さんに何種かの漬物を宅配で頼んでいた。

私も『すぐきの切り漬け』を買ってみたよ。




高島屋でブーツを見て、錦市場へ。

小さい足にぴったりのブーツがあったけど、3割引きでも年金生活の身では買えない。

ま、履いて行く所もないからいいか。


錦市場をぶらぶらして、烏丸駅から阪急電車に乗り、南茨木でモノレールに乗り換え

千里中央の妹宅へ帰宅。


いっぱい歩いたねぇー




この記事のURL | 京都 | CM(0) | ▲ top
夫、帰宅
2011/01/16(Sun)
昴と雪が心配で、夫は一人で家に帰った。

関ヶ原がのようなので、11時に豊中を出たが家まで3時間半かかったそうだ。

いつもより1時間、余分にかかり、やっぱり雪が降っていたそうだ。

蟹を食べに行くのも一日遅かったら、高速が通行止めで帰れなかったね。

天気ばかりは、どうしようもないものねぇー
この記事のURL | 日々の暮らし | CM(0) | ▲ top
蟹、食べに行こう 2日目
2011/01/15(Sat)


朝、また温泉に入り、朝食を食べ、ゆっくり目の出発。




11-1-15-3.jpg

丹波篠山に行ったことがないので、寄ってくれた。


篠山城の築城は、慶長14年(1609)徳川家康の命によって、大坂城攻めの備えと、

西国地方への抑えの拠点として、交通の要衝の地である丹波多紀郡の篠山盆地中

央部の「笹山」と呼ばれた小丘を利用して築城された。


大書院

大書院は1609年(慶長14年)の篠山城築城と同時に建てられた。。1944年1月6日夜焼失。

篠山市民の熱い願いと尊い寄付によって2000年4月ついに再建。




11-1-15-4.jpg

町を歩くとイノシシの肉を売る店があった。

いのしし祭りも開かれるそうだ。




11-1-15-5.jpg

観光案内所に置いてあったパンフレットの『古民芸茶屋 四季折々』で篠山牛のすき焼き

をお昼ご飯に食べた。





11-1-15-6.jpg

武家屋敷群

慶長14年(1609)、篠山城が完成すると同時に城下の町割りが行われた。

外堀の内側には家老など重臣の屋敷が、外側の通りには藩主警護の役割を担う徒士衆の住居

が建設された。これが御徒士町の始まりで、一帯は武家屋敷の面影をよく留め、江戸時代に

タイムスリップをしたかのような錯覚を感じさせる。

天保元年(1830)の火災によおて大部分が焼失した。
 
現存する徒士住宅の大部分のものは天保の火災後ほど建てられたもの。



11-1-15-7.jpg




11-1-15-8.jpg

エス コヤマ

妹が小山ロールを予約して家に帰ってから美味しくいただいた。

お友達へのお土産も購入。




小山ロール

やっぱり、美味しいね。
この記事のURL | 兵庫 | CM(0) | ▲ top
蟹、食べに行こう!
2011/01/14(Fri)
8時30分に家を出て、豊中の妹宅に向かう。

11時頃に到着し、少し休憩してから、妹夫婦と兵庫県美方郡香美町香住の『甲羅戯
に向かう。





途中、遅い昼食を出石の『如月』で食べた。ここは2回目。

前に来た時は向かいのお蕎麦屋さんで皿そばを食べた。

皿そば5枚が1人前。




11-1-14-2.jpg


辰鼓楼は明治四年(1871年)旧三の丸大手門脇の櫓台に建設された鼓楼。

当時は一時間ごとに太鼓で時(辰)を告げた。明治十四年に医者、池口忠恕氏が大時計を

寄付してからは、時計台として親しまれ、今では三代目の時計が時を刻み続けている。




11-1-14-3.jpg

走るほど雪が深くなる。


甲羅戯に無事に到着。

小さめのお風呂と露天風呂だが、ゆっくり冷えた体を温める。




11-1-14-5.jpg

初めて食べたせこ蟹

卵は美味しいけど、身を取るのが大変。


ほうろく焼きは身が甘く感じられる。




11-1-14-4.jpg

生の蟹には、足は刺身やしゃぶしゃぶで食べ、残ったものは蟹すきで食す。

喋るのも、ビールを飲むのも出来ないほど、黙々と蟹を食べる。

さすがに餅と野菜が残った。

〆の雑炊、美味しかったぁー




鍵

部屋のプレートと大きな鍵。

山を切り開いた時の木を、無駄なく家具や椅子にしたそうだ。


寝る前にも温泉に浸かった。

この記事のURL | 兵庫 | CM(0) | ▲ top
こっちゃん
2011/01/08(Sat)


パソコンラックを取りにいた息子Ⅰ、おかげでこっちゃんに会えたわ(^^♪

食べ物に、好き嫌いがでてきた。

食べていたじゃがいも・人参が嫌いになった。

トマト・コーン・ハンバーグは大丈夫。



11-1-8b.jpg

昴のおもちゃ箱からこの布を取り出すと、いつも雑巾がけ。



11-1-8c.jpg

お顔のプチプチの傷跡は、『水いぼ』が出来てお医者さんに行ってきたそうだ。

泣き叫んで大変だったようだ。

そりゃぁー、痛いよね。

プールも行っていないのに、どうしてできたのかな?



11-1-8d.jpg

テツヤロールを1切れ完食。

息子Ⅰにも慣れてきた。

前に泣かれた息子Ⅰ、みんなが済んだあとに食事したので、こっちゃんの好きな物を

食べさせて懐かせた。
この記事のURL | ♪ 孫ちゃん♪ | CM(2) | ▲ top
簡単焼き豚
2011/01/07(Fri)
簡単焼き豚

今晩のメインは『簡単焼き豚』

豚肩ロースの塊肉が安かったので、ネットでレシピ検索。

フライパンで焼き目を付け、鍋に移し煮る。

煮詰めた煮汁をかけて食べる。たれが美味しく好評。

材料を買って、何を作ろう?って、考えが浮かばない時、ネットって便利だね。

普通は献立を考えてから、買い物に行くんだけどね。


美味しそうな匂いに、雪が待ちの体制。

キャベツだけ、貰えましたとさ(笑)

この記事のURL | うちごはん | CM(2) | ▲ top
護国神社
2011/01/03(Mon)


昴・雪と夫の実家のお墓参りをしてから、護国神社に初詣に行った。

陽だまりはポカポカと暖かい。

平穏無事に過ごせますように!




11-1-3-2.jpg

12月14日に開店した19号沿いの『アンティーク』に寄った。

あの『天使のチョコリング』『とろなまドーナツ』がブレークしたパン屋さん。

チラシに付いていた『食パン3斤まで半額』の切り抜きを握りしめて(笑)

ドアを開けて入ったとたん、行列。パンを取りながら、コの字にレジまで進む行列。

前に並んだ人もチラシを持ち、『黒糖ブドウ食パン』を買いに来たと言う。

食パンの場所まで到達したら、「食パンの半額はアンティーク食パンのみ」と張り紙。

しっかりとした前に並んだ奥様、店員さんに「チラシには食パンと書いてあるが?」と

聞いた。

「アンティーク食パンのみです。明記しなかった当方のミスです。」

まぁー、そう言われちゃぁーね。

しっかりと半額になる3斤分のみ購入。


お支払いは、283円。申しわけありません

でも、欲しいパンがなかったものね。


姉妹店の『BENKEI』に比べると店は狭いし、パンの種類も少ない。

ケーキもあったが値段はお高め。お値打ちなシュークリームもない。

セール中ということで、大好きな黒糖ブドウ食パンも焼いてなかった。

セールが終わったら、もう1度行ってみるかな。
この記事のURL | 日々の暮らし | CM(0) | ▲ top
1月2日
2011/01/02(Sun)
伊吹山

昨日は曇り空だったけど、今日は良い天気。

冠雪の伊吹山が家から望める。




こっちゃん

息子Ⅱ一家が新年の挨拶に来てくれた。

にこにこ顔のこっちゃん、今年も元気で可愛い笑顔を見せてね。




こっちゃん

ご飯が大好き

お代りもしたわ。




こっちゃんと雪

雪を追いかけたり、じぃじと遊んだりと元気に動き回る。



11-1-2-2.jpg

春日井・鳥居松の『モンドル』のケーキ



11-1-2-3.jpg

こっちゃんは食後のデザートにイチゴ(お土産に持ってきてくれた)を食べたのに、

たっぷりイチゴのケーキを所望。

のっていたイチゴを食べ、ママの食べていたケーキと交換して欲しいという。


よく、食べるね、こっちゃん。



11-1-2-7.jpg

フォークも上手に使えるよ。
この記事のURL | ♪ 孫ちゃん♪ | CM(0) | ▲ top
おめでとう!
2011/01/01(Sat)
年始のご挨拶


ウサギのように ピョンピョンと 飛躍の年になりますように 

今年もよろしくお願いします 


◎追記

毎年、同じように過ごす元旦

大みそかは紅白歌合戦の最後の方だけ見て、除夜の鐘が鳴り、日が変わってから就寝。

元旦は、6時ちょっと過ぎに息子Ⅰが起きて出かけて行った。



おせち

いつもと同じような『おせち』

夫と昴&雪と迎えた新しい年。




雑煮

お雑煮は名古屋風の質素なもの。

鶏肉・干し椎茸・鳴門巻が入り、鰹節をかけて食べる。餅は角餅で焼かずに煮る。



朝食をいつもと同じ時間に食べたので、昼は焼きそば。




墓参り

昼からお墓参り。うっすらと積もっていた雪は、もう、解けていた。




ほっこりタイム

3時はお抹茶と和菓子で…




夕食

夕食は手巻き寿司。

今日はご飯はいらないと言っていた息子Ⅰが、食べようと思ったら帰ってきた


吸い物を増やし、3人で食べた。

よくあることなんだよね。



毎年、同じように過ぎていく…

この記事のURL | 日々の暮らし | CM(0) | ▲ top
謹賀新年
2011/01/01(Sat)


あけましておめでとうございます

素晴らしい年になりますようお祈りいたします。

この記事のURL | 日々の暮らし | CM(0) | ▲ top
| メイン |