昴ママの気まぐれ日記




父の日 :: 2010/06/20(Sun)



息子Ⅱ夫婦から「父の日のプレゼント」が届いた。

早速、さつま揚げを肴に焼酎を飲んでる。

ありがとう!

「お金、使わんでもいいのに」と言いながら、喜んでいたよ。
  1. 日々の暮らし
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陽光のクロアチア・スロベニアを巡る  Ⅸ :: 2010/06/18(Fri)

5月31日(月) 
 
トリエステ(イタリア)~ローマ

もう、帰る日が来てしまった。






朝食



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トリエステ
アリタリア AZ1358便 11時20分発でローマへ
ローマ着 12時30分




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ローマ AZ792便 14時55分発で関空へ



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ローマ上空



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ローマ上空



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韓国上空



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最後の機内食


6月1日(火) 
定刻より30分早く、9時05分着。11時間30分の空の旅。お疲れ様でした。



バスで移動するときに見た、岩山(カルスト台地)一面に咲き乱れるラベンダー
白やピンクのかわいらしい花々、黄色いこんもりしたか花木

クロアチア・スロヴェニアは治安もいいしね。

心に残るいい旅だった。
  1. クロアチア
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陽光のクロアチア・スロベニアを巡る  Ⅷ :: 2010/06/18(Fri)

5月30日(日)  雷 

ザダール~ロヴィニ~ポレッチ~トリエステ


観光は今日で最後、移動時間も長時間



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朝食後、アドリア海に突き出たイストラ半島のロヴェニへ 約389km 4時間30分

ツアー人数24人、一度は2人で座らなければいけない。今まで2席を使っていたので
今日は2人で並んで座った。

でもね、左側の景色がよいのでそこを夫婦2人で縦にとっている人や、前の席ばかり
の人もいたけどね。ルール違反だよね。





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ロヴィニに着いてすぐにランチ



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ロヴィニ
600年間ヴェネツィアの支配下だったため、カラフルな街並みがイタリアのようで
開放的なイストラ地方で最も活気あるリゾートの一つ。
海岸沿いの小さな島に築かれ防壁で囲われていたが、17世紀には壁の外まで町が広
がり、本土とつながれた。


ロヴィニの港



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バロック様式のバルビ門(1680年)



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1736年に建てられた聖エウフェミア教会。教会内には、聖エウフェミアの石棺が納められている。

聖エウフェミアは、コンスタンチノープル付近で処刑されたキリスト教徒で、
後に石棺に納められコンスタンチノープルの教会に安置された。(6世紀)
ところが、800年7月13日の朝、石棺を乗せた舟がロヴィニに漂着したのだと
いう。鐘楼(1677年)の上には、彼女の像があり、ロヴィニを見守っている。


 

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城壁



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イストラ半島の石灰岩の石畳、雨に濡れて滑りそうになる。



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バスで1時間ポレチュへ

ポレチュ
紀元前2世紀~1世紀にかけて、古代ローマの都市として建設された。当時の面影を
残した古い石畳の町並みが広がるアドリア海屈指のリゾート地。

市庁舎


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旧市街



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エウフラシウス聖堂
1500年前(6世紀)のモザイクに彩られた聖堂であり、1997年に世界遺産に登
録された。この聖堂には後に訪れたイタリアのラベンナと並んでモザイクなど
貴重な文化遺産が残されたいる。ポレチュがビザンツ帝国の支配から離脱し、
8世紀から始まった聖像破壊運動の影響を聖堂が受けないで済んだことが幸い
して貴重な文化遺産が後世に伝えられた。
黄金のモザイクが描かれている教会の入口

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金箔の美しいモザイク


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聖堂床のモザイク。ラテン語が刻まれている



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聖マリア天主教会



トリエステ(イタリア)へ1時間30分


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1日目に泊まったホテルに宿泊。





  1. クロアチア
  2. | comment:0
陽光のクロアチア・スロベニアを巡る  Ⅶ :: 2010/06/17(Thu)

5月29日(土)  のち  

ドゥブロヴニク~モスタル(ボスニアヘルツェゴビナ)~ザダール



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朝食後、約150km 3時間、途中でボスニア・ヘルツェゴビナに入国


ボスニア・ヘルツェゴビナ

北部をボスニア地方、南部をヘルツェゴヴィナ地方と呼び、これを合わせたものが国名となって
いる。カトリック、セルビア正教、そしてイスラム教、この地は東西の文化の接点であった。
文化の衝突は時に戦乱の発火点となり、時の勢力に翻弄され続けてきた地域でもある。
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ紛争は20万人の死者と200万人以上の難民・避難民を出した。
紛争は1992年から19995年まで続いた。



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モスタル  (ボスニア・ヘルツェゴビナ)  世界遺産

ネトレヴァ川両岸の台地に発展したモスタルはヘルツェゴビナの中心都市。
古くからの交易で栄え、15世紀中ごろにオスマン帝国の支配下に置かれてからは、
軍事の要塞としても発展した。名前の由来はスラヴ語の「モスト(橋)」といわれ
街の中心に架かる頑丈な石橋は街のシンボルとして愛されてきた。
内戦で破壊された橋は往時の姿に修復され、平和の象徴として復活。トルコの面影
が色濃く残るエキゾチックな街並み。

通貨 1.59ダカンマルク=1€  ユーロが使える

コスキ・メフメド・パシャ・モスク
1619年完成のモスクで12m四方の正方形をしている。
中を見て、ミナレット(尖塔)にも上りたかったな。

降っていた雨もあがった (*^^)v



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スタル・モストからの眺め

正面のモスクは、カラジョズ・べグ・モスク



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スタリ・モスト
川幅が最も狭くなる場所に架かっていた木製の釣り橋が石橋になったのは1566年。
高さ約21m、長さ29mを誇り、両岸に住む人々の生活に欠かせない橋として親しまれ
てきた。1993年、ボスニア紛争時の砲撃によって破壊されるが、ユネスコや民間の
補助で往時のまま復元され、2004年に完成。2005年に世界さんとして登録された。

トルコで売っていた物を売る店が軒を連ねている。(オールド・バザール)



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ランチをこのテントの店で後ほどいただいた。



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トルコの家へ


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トルコの家
1635年に建てられたトルコ風の民家。川沿いの崖の上に立ち、建物の一部は高さ14m
の石の柱で支えられている。内部はオスマン帝国時代の生活様式を再現。



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オールド・バザール



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ランチした店からのネトレヴァ川とスタリ・モスト



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ランチ
チェバピチッチ(ソーセージ)



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ボスニア紛争時に破壊されたままの住居。

ボスニア紛争
1992年の独立宣言後、街はユーゴスラビア連合軍の攻撃を受ける。最初は共闘した
ボスニア人とクロアチア人も後に戦闘状態になり、被害は拡大した。


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壁の穴は、すざましい数の銃弾の後。人々が暮らしている高層の建物・戸建の住居
にも修復されずに銃弾の跡が残っている家もあった。



バスでザダール(クロアチア)へ 276km



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ホテルで夕食。
シーフードの前菜・マグロのステーキ



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コロヴァーレ泊











  1. クロアチア
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陽光のクロアチア・スロベニアを巡る  Ⅵ :: 2010/06/16(Wed)

5月28日(金)   

ドゥブロヴニク~ストン~コルチュラ島~ストン~ドゥブロヴニク

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朝食後ストンへ 45km 約1時間



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ストン
ワイン産地として名高いペリェシャツ半島の付け根にある小さな街。
古くから塩田で栄え、現在も昔ながらの製法で塩が作られたいる。1kmほど離れた
マリ・ストンとは城壁で結ばれている。



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バスで1時間半、対岸の街からフェリーでコルチュラ島へ


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フェリーからコルチュラ島



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バスから旧市街



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コルチュラ
ペリェシャツ半島の先に浮かぶコルチュラ島はワインやオリーブの生産が盛んな島。
その中心は海に突き出た半島にあるコルチュラ。周囲を城壁に囲まれたヴェネツィア
時代の街並みが美しい。南北に目抜く通りが貫き、そこから東西に細い路地が伸びる。
マルコ・ポーロの伝説が残る。



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街のメインゲートは南門



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聖マルコ大聖堂
街の守護聖人、聖マルコにささげられた大聖堂。
15~16世紀に建てられたもので、ゴシックとルネッサンスが入り混じった様式。



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罪を犯した人が繋がれた。



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コルチュラ博物館



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ワインの店



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マルコ・ポーロの家
「東方見聞録」の作者マルコ・ポーロはヴェネツィア出身の商人というのが定説だが、
コルチュラ生まれという説もある。真意のほどは定かでないが、コルチュラ出身のポー
ロ家が分家してヴェネツィアに渡ったという説が有力。



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城壁



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日本の雑誌にも特集されたという「イヴァンさん」の店でシーフードのランチ



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ランチ
大皿の料理を分けていただいた。



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食後、再度ストンに立ち寄る。


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城壁



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ドゥブロヴニク
ほかのホテルのレストランで夕食。

グランド・パーク泊
  1. クロアチア
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陽光のクロアチア・スロベニアを巡る Ⅴ :: 2010/06/15(Tue)

5月27日(木)

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朝食後、旧市街へ



ドゥブロヴニク 世界遺産

クロアチア南端、アドリア海に面した街。
古くから海洋国家として栄え、長きにわたって独立を貫いてきた希少な街でもある。
城壁に囲まれた世界遺産の旧市街には中世の面影が色濃く残っている。
1991年クロアチア独立とともにクロアチア領となった。この時起こった内戦ではユーゴ
スラビア連邦軍の攻撃を受け、かなりの被害が出たがその後復興し、世界遺産の危機遺
産リストからも1998年に除外された。
旧ユーゴスラビア



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ピレ門
旧市街の西側にあり、数世紀のわたってメインの入り口として使われていた。門が現在
の姿になったのは、1537年。


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オノフリオの大噴水
ナポリのオノフリ・オ・デッラ・カヴァが1438年に造った大きな噴水。1667年の大地震で
装飾の多くは失われたが、16面の顔のレリーフは姿を留めており、現在もその口から水を
吹き出し続けている。



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フランシスコ会修道院
内部にはロマネスクの回廊やクロアチア最古の薬局がある。



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回廊


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クロアチア最古の薬局




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プラツァ通り
その昔、プラツァ通りは海峡になっていて、南側の小島にラテン系、北側の本土にスラヴ系
の住民が住んでいた。12世紀には海峡が埋め立てられた。




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ルジャ広場
プラツァ通りの東側、旧市街の中心にある美しい広場。
ローラント像…ヨーロッパ都市の自由と独立の象徴とされる。肘の長さ51,2cmが、商取引
の際に使う長さの基準とされていた。

向こう側は聖ヴラホ教会
街の守護聖人聖ヴラホを祀る教会。火災で焼けおちたため、1715年にバロック様式
で再建された。




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旧港




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大聖堂
1667年の震災後に再建されたバロック様式の教会。ブラホの遺骨の入った聖遺物のほか
貴重な財宝がある。



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正面はスルジ山
半日の自由時間にロープウェイで山頂に登りたかったが、本には昨秋完成と書いてあった
のだが、あと1ヵ月ほど出来るそうだ。



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マルシェ



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ランチ


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昼食後、希望者12人でで旧港から船で観光

聖ピーターの砦
城壁にはいくつもの砦が設けられていて、それぞれに成人の名前が付いている。

左端はボカール要塞



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旧港の近くの城壁入り口から、城壁一周絶景巡り




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ドミニコ会修道院
1225年にドミニコ会が修道院を開き、建物は14世紀に完成。ロマネスク・ゴシック・
ルネッサンスの様式を取り入れた美しい建物。



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あと、少し写真があります。
続きを読むで見てね













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  1. クロアチア
  2. | comment:0
陽光のクロアチア・スロベニアを巡る  Ⅳ :: 2010/06/15(Tue)

5月26日(木) 

トロギール~スプリット~ドブロクニク




朝食後トロギール観光へ



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トロギール

スプリットの西25kmほどにあり、起源はギリシャ時代までさかのぼる古都。
城壁に囲まれた小島に石畳の路地が複雑に入り組み、教会や塔、宮殿など風格のある
建物がひしめき合う。
1997年に世界遺産に登録された。



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本土から橋を渡った正面にある旧市街への入り口。
門をくぐった先にある小さな広場から狭い路地が東西に延びる。



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聖ロブロ大聖堂
市街の中心、イヴァナ・バヴラ広場日そびえる端正な鐘楼を持つ。
3世紀に殉教した聖ローレンスにささげられたこの大聖堂は、トロギールでもっとも重要な
建築物。初期キリスト教の教会があった場所に、13~15世紀にかけた建てられた。シンボル
の鐘楼は17世紀初頭に現在のような姿になった。


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正面入り口の彫刻はクロアチアを代表するロマネスク美術の傑作。巨匠ラドヴァンの作品で
1240年ごろに造られた。聖書の物語など精密な彫刻が施されている。



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大聖堂の向えにある聖セバスチャン教会。1477年建築。




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ロッジア
かつては集会所などに使われたいた。町の中心となる広場に設置されることが多く、
会議や裁判などの公共の行事にも使用されていた。



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市庁舎
市街の中心、イヴァナ・バウラ広場に建つ13世紀末から14世紀の建築物。



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城壁



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イタリアやフランスの国旗をつけた大きなクルーザーが停泊していた。



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1時間の自由時間に聖ロブロ教会の鐘楼に登った。

高さ47m、3層の鐘楼。14席世紀初頭の建築。
ヴェネツィアの攻撃でダメージを受けた後に少しずつ修復されたので、各階の建築様式
が異なっている。
3階からの眺望。



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登ってきた階段



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私の後ろ側の最後の数段の階段は急で1段の幅が狭く、下りようと思ったら怖くて
降りれない

妹が先に降りて支えてくれた。はぁー、怖かった。
情けないね。そこから下は大丈夫だったけどね。



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ほら、こんなに高いんだよ。



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教会の入り口のライオン像(ヴェネツィアのシンボルだった)



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教会の内部



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ランチ

バスでスプリットへ 1時間半



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スプリット  世界遺産

ザグレブに次ぐクロアチア第2の都市。古代ローマ皇帝が作った1700年前の遺跡と
そこに住む人々の営みが渾然一体となった不思議な街並み。

ディオクレティアヌス宮殿
堅固な城壁に囲まれたローマ時代の宮殿。びっくりするのは、今なおこの遺跡の中で
人々が生活していることだ。



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宮殿の地下
皇帝住居の下層部にあたり、かつては倉庫として使われていた。


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青銅の門とペリスティルは地下通路でつながっており、通路の両端には土産もの
を売る店などが軒を並べている。


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ペリスティル
宮殿の中心に位置する中庭。東西に12本のコリント式の列柱があり、西側には
カフェが東側には大聖堂への階段がある。南側の4本の柱に支えられた建物が
皇帝の住居の玄関だった。



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大聖堂
もともとはディオクレティアヌス帝の霊廟として建てられたもの。
8世紀ごろに大聖堂へと造りかえられた。



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城壁の中にはいろいろな店があり、600人ほどの住人が実際に生活している。



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城壁の周りには、カフェなどがある。



ドブロクニクへ



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ドブロクニクの町



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旧市街が見れる場所に連れて行ってくれたが、夕方で逆光なので見にくかった。

バスの中から撮影



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19時50分ホテル着。今日から3連泊

グランドパーク

ホテルでバイキングの夕食。
  1. クロアチア
  2. | comment:0
陽光のクロアチア・スロベニアを巡る Ⅲ :: 2010/06/14(Mon)

5月25日(火) 晴れ 
プリトヴィッツェ湖群国立公園~シベニク~トロギール


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プリトヴィッツェ湖群国立公園  世界遺産

16の湖は、山間から流れ出てくる水が標高636mから503mまで、およそ8kmにわたって
南北方向に流れる中で形成されており、上流の湖群と下流の湖群がある。
湖群はおよそ2km²に渡って広がり、下流端にある湖からコラナ川(に流れ出す。

一帯の地質は主に白雲岩と石灰岩のカルストからなり、特徴的な景観が形成されている。
湖群は、コケ類、藻類、バクテリアなどの光合成が関与して生まれた石灰質堆積物の自
然のダムからできている。植物片を混じえた堆積物は年々積み重なり、年1cmの割合で
堆積物のダムが高くなっていく。

湖群は紺碧、紺青、灰色など、目を見張るような色合いをもつ。水の色はミネラルや有
機物の量、あるいは日照の角度などによって絶え間なく変化する


入り口ST1までバスで移動。


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展望台からプリトヴィッツェ滝(右側)を望む。
下の案内板のように上のから滝が流れ落ちている様子がわかる。



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ブルシタヴツィの滝、高さ20m



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雨が降ったあとで、前日までは水があふれて遊歩道が歩けない部分があったそうだ。




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滝を間近に見ながら、遊歩道を歩く。


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透明度が高く、魚が泳ぐのがよく見える。



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いろんな花々が咲いていた。



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コジャック湖をボートで渡る。
水面が日が当たるとともに、エメラルドグリーンやブルーに変わり美しい。



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ST3から出て、バスの止めてある昨日、泊まったホテル「イエゼロ」まで歩く。



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シベニクへ 約150km 2時間30分

途中で立ち寄ったクルカ国立公園の見える場所。



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ランチ



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シベニク
アドリア海に面した小さな街。海岸から続く旧市街に造られた旧市街には狭い路地と
階段が巡らされ、中世の面影を残している。

ドームのある建物は聖ヤコブ教会



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聖イヴァン教会
シベニク最初の機械時計ある15世紀に造られたゴシック・ルネッサンスの教会



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聖ヤコブ大聖堂  世界遺産
1432年からゴシック様式で建築が始まり、ゴシックのプランは大幅に変更され、ルネッサンス
様式の大聖堂になった。1555年完成。


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身廊
両側に側廊を持ち、入り口からドームの下まではゴシックのアーチが続いている。
屋根はルネッサンス様式で、2つの様式が融合する様子が見られる。



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ファサード
大聖堂は西側が正面。左右対称のシンプルな造りで、中央の彫刻が施されたゴシックの
ドアが正面入り口。その上には大きなバラ窓がある。



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レプリカ広場
大聖堂の向かい側の建物は、1533~1546年にかけて造られたヴェネツィア時代の市庁舎
広場東側には「恥の柱」と呼ばれる柱があり、罪人を縛り付けていた。



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聖バルバラ教会
15世紀前半に建てられたゴシック様式の教会。時計が備え付けられた西側の壁面には
窓や彫刻が不規則に並んでいる。屋根を飾る2つの鐘楼はバロック様式。



シベニクから約1時間、トロギールへ


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ホテル  メデナ

夕食はホテルでバイキング、お腹がすいていないので少量ですます。






  1. クロアチア
  2. | comment:0
孫ちゃん :: 2010/06/13(Sun)



こっちゃん、1歳2ヵ月

前歯が4本生えて、歩くのもしっかりしてきた。

じぃじが作った椅子が気に行ったよう♪



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お昼ご飯を一緒に食べた。今日はいつもの食べっぷりは見れなかった。



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戸を開けてみたり、引き出しを出したりといろんな事をしてくれる。



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女の子らしくなったでしょ
  1. ♪ 孫ちゃん♪
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陽光のクロアチア・スロベニアを巡る Ⅱ :: 2010/06/12(Sat)

5月24日(月)  

リュブリャナ~スルン~プリトヴィッチェ湖群国立公園




朝食後、徒歩でリュブリャナ観光へ

リュブリャナ
リュブリャナは、ギリシャ神話の英雄イアソン王子によって建設されたという伝説が残る。
1世紀にローマ帝国のエモナという町として建設され、6世紀にはスラヴ人が移住。10世紀
には現在の名で呼ばれるようになった。
14世紀以降はハブスブルグ家の支配下で、スロベニア文化の中心地として発展。
リュブリャニャツァ川を隔てて南側に旧市街、北側に新市街が広がっている。中世に2度大
震災に見舞われているため、さまざまな時代の建築物が混在している。



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龍の橋
1900~1901年に建設された。橋の欄干にはユーリ・ザニノヴィッチがデザインした龍の銅像
が立ち、町のシンボルになっている。



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フニクラ(ケーブルカー)でリュブリャナ城へ

リュブリャナ城
街を見下ろす丘の上に建つ。9世紀に砦としてスパンハイム家によって建てられ、14世紀になると
ハプスブルグ家の所有となった。現在の城は16~17世紀の建築。



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城からは、オレンジ色の屋根と緑の木々が美しい旧市街が望める。



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城の中にある15世紀建築の聖ジョージ礼拝堂



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マルシェ



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珍しい牧場直送の牛乳の自動販売



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聖ニコラス大聖堂
キリスト教のスロベニア布教後1250年を記念して建てられた。スロベニアの歴史が
描かれた入り口の聖堂の扉や、18世紀のバロック調の豪華な内装、大きなパイプオルガン
天井画が印象的。




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時計塔がある建物はレトロな市庁舎



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プレシェルノブ広場
スロベニアでもっとも著名な詩人フランツ・プレシェーレン(1800~1849)の銅像が立ち、
記念撮影のスポット。三本橋とフランシスコ教会の間にある。



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三本橋
リュブリャニャツァ橋に架かる小さな橋。後の歩行者用の橋が2本付けたしされた。




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フランシスコ会教会
プレシェルノブ広場に面して建つ。1660年の建築で、豪華なバロック調の内装が素晴らしい。



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ランチ後、国境を越えてスルン(クロアチア)へ約224km、3時間30分

クロアチアに入国し、両替。1kn(クーナ)=約17円


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スルン  
ラストケ村
滝に浮かぶ村。
家々の下を滝が流れる風景にびっくり。予定にはなかった「SLOVIN」に希望者のみ
入園。滝を間近に見て、自然の不思議に感激する。



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「虹が出ているよぉー」と同じツアーの人に教えられて撮影。

バスで30分。プリトヴィッツェへ


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ホテルで夕食




  1. クロアチア
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陽光のクロアチア・スロベニアを巡る Ⅰ :: 2010/06/12(Sat)

5月22日(土) 

関西国際空港 13:05発 アリタリア航空 AZ798便でローマへ
12時間30分の長時間のフライト
現地時間18時30分着。時差ー7時間。

22時(30分遅れ)Az1363便でローマからトリエステへ1時間15分。
真夜中の12時15分、トリエステのホテル『NHNH』に到着。

24人のツアー
少なくっていいね。



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5月23日(日)
トリエステ~ポストイナ~ブレッド湖~リュブリャナ



ホテルで朝食後、スロベニアのポスイトナ鍾乳洞へ(バスで約1時間)
スロベニア…2004年よりEU加入。1991年に旧ユーゴスラヴィアから独立。四国とほぼ同じ面積。



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ポストイナ鍾乳洞
スロベニアに8500以上あるカルスト地形の鍾乳洞のひとつ。ヨーロッパ最大規模。
全長21km
人間の手が入っているため、世界遺産には登録されていない。



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地底トロッコ電車で、徒歩ツアーの出発地点まで2km10分。



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類人魚
鍾乳洞に生息する珍しい肌色の両生類。暗闇に生息するため目が退化し、1年近くも
何も食べなくても生きられる。
水槽の中のものを見たが、思ったより小さかった。
鍾乳洞のなかは写真撮影が禁止のため、ポスターを撮影した。




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鍾乳洞の入り口のお店でランチを食べ、ブレッド湖へ(1時間20分)



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手漕ぎボートでブレッド島へ

ブレッド湖
『アルプスの瞳』とたたえられる美しいレイクリゾート
かつてはハプスブルグ家のリゾートとして整備され、現在は国立公園。

聖母被昇天教会
17世紀バロック建築。内陣前にある重い鐘を鳴らすと願いが叶う。
スロベニア人あこがれの挙式会場。



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スタンダードプードルくん。



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ユリアンアルプスを望む。



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プレトナ(手漕ぎボート)を漕いでくれた人。

向うに見える9段の階段を花嫁さんを抱いてあがるんだって。体力いるね。


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ブレッド島



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ブレッド城
ブレッド湖の水面から130mの崖の上にそびえる、スロベニア最古の城。

ブレッド城は11世紀にブリクソンの司教が建てたお城


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城から見たブレッド湖



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展望台の辺りは16世紀の礼拝堂やレストラン、ワインセラー、博物館などがある。



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ホテルへ(1時間15分)


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リュブリャナ(スロベニアの首都)
PARK


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ホテルで夕食。
  1. クロアチア
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パソコン初級講座・15PC会 :: 2010/06/11(Fri)

9:30~11:30までパソコン初級講座。
べた打ちした文章の装飾。
まだ4回目だというのに結構難しい。「楽しくなってきた。」と言われた方もいた。

 

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アシスタント4人で『仲よし』でランチ。1050円


1:30~3:30は『15PC会』
ワードで表の入った文章を装飾し、バスの座席表も作成。

さすがに一日だと疲れるぅー

今日は誕生日。
夫は忘れていたが、お友達にはお祝いの言葉をいただいた。嬉しいね。

で、今日は夕食も据え膳。初めてよ。
焼きそばだけどね。夫が作ってくれた o(*⌒―⌒*)oにこっ♪

もっとレパートリーを増やしてほしいね。
私が倒れた時のためにね。
  1. 和食
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PC同好会 :: 2010/06/10(Thu)

3週間ぶりのPC同好会
あちこちのお土産をいただき、楽しくおしゃべり。手のほうが動かない
何とか明日の予習を済まし、ランチへ。



免許証の更新に行くというお友達に付き会ってもらって『こもれ陽』でランチ
家庭の味のランチだった。
  1. 和食
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大阪でランチ :: 2010/06/02(Wed)

6月1日朝、11時間30分の苦行に耐えて無事に関空に帰ってきた。
妹宅に1泊し、8時すぎに目覚め時差も克服。




添乗員さんに教えてもらったイタリア料理のお店に心斎橋から歩く。



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リシトランテ SOGNI di SOGNI


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広くてインテリアも素敵なお店。

Aセット980円 プラス370円でドルチェ

いただいてきた案内を見たら、郷ひろみがオーナーだった。



5月22日から『陽光のクロアチア・スロヴェニアを巡る11日間の旅』に行ってきた。

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スロヴェニア
滝に浮かぶ村ラストケ


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クロアチア
ドブロクニク

時間がかかりますが、写真を整理して簡単な旅行記をupしますね。
  1. イタリアン
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