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桜♪ 京都
2014/04/07(Mon)
青春18切符で、新大阪から京都で乗り換え、山科へ

山科疏水の桜を愛でながら、毘沙門堂へ






毘沙門堂

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毘沙門天をまつる天台宗の門跡寺院

【般若桜】宸殿前のしだれ桜 樹齢150年 枝張り30m

見れて良かった。




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山科疎水べりを歩き、永興寺へ



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ここで出会った方に、【天地天皇陵】も一見の価値があると教えてもらい、今来た道を逆戻り。


天地天皇陵

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地下鉄 御陵駅から醍醐駅へ

醍醐駅から醍醐寺まで歩く。




醍醐寺

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西大門

豊臣秀吉の 『醍醐の花見』で有名な桜の名所・真言宗醍醐派の総本山

多くの人で賑わっていた。



↓ 五重塔 国宝

醍醐天皇の菩提を弔うため、造られた。


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↓ 金堂 国宝

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随心院まで歩く


随心院

真言宗善通寺派の総本山

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小野小町ゆかりの寺




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歩いて勧修寺へ


勧修寺
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観音堂

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大石神社

大石内蔵助ゆかりの神社

ここまでの道のりが遠かった 

お昼ご飯も食べる場所も無く、ひたすら歩いた。

優しそうな男性に道を訪ね、もうすぐと分かった時の嬉しかったこと。


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しだれの『大石桜』は盛りを過ぎていた。

もう、3万歩。

根性無しの私は、妹にバスに乗っていこうと言った。

バスで山科駅へ

駅近くのカフェで遅いランチをし、京都駅に戻り、米原・大垣・名古屋・最寄駅・バスと

乗り継ぎ、8時過ぎには我が家に着いた。


わんこの散歩もして、3万5千歩 

疲れたよぉー


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京都・吉峰寺ほか
2011/01/19(Wed)
今日、小牧に帰る。

「京都で行きたいところない?」と、妹夫婦に聞かれ、「貴方達が行ったことがない

ところは?」と聞いたら、大きなお寺や神社はほとんど行ったという。

吉峰寺は不便な所だといい、車で連れて行ってくれた。



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長岡天満宮
菅原道真公が太宰府へ左遷された時、この地にお立ち寄りになり「我が魂長くこの地にとど

まるべし」と名残を惜しまれた縁故によって、公御自作の木像をお祀りした。  

寛永15年(1638)には八条宮智仁親王によって「八条が池」が築造された。

社殿(ご本殿、祝詞舎、透塀)は昭和16年に京都の平安神宮の御社殿を拝領移築したもので、

正面朱塗りの拝殿は既存の拝殿を増改築したもので、平成10年秋竣工した。



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西京区大原野にあり、雪の残った山道を上っていく。

吉峰寺
西国二十番札所・洛西一番札所

西山三山 (吉峰寺・光明寺・楊谷寺)

山門
元禄5年(1692)桂昌院により再建。楼上の本尊・文殊菩薩と両脇の金剛力士は運慶の作。


観音堂(本堂)
元禄5年(1692)再建。本尊・十一面千手観音菩薩は仁弘法師作




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“遊龍”の松  天然記念物
樹齢600年の五葉松。日本一の松。全長54mあったが、平成6年松くい蒸しのため15m余り切った。

右上に写っているしだれ枝は、桂昌院お手植えのしだれ桜。樹齢300年。




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多宝塔
重要文化財。元和7年(1621)賢弘法師により再建

奥の院 薬師堂
桂昌院の両親が祈願された開運出世のお薬師様。桂昌院(お玉の方)のように『玉の輿』にのるのを

願う参詣者が多い。




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けいしょう殿
見晴らしがよい景勝の地で桂昌院を祀る。

経堂
宝永2年(1705)建立。祈願成就の絵馬堂。桂昌院が鉄眼の一切経を納める。




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泉湧寺(せんにゅうじ)
京都市東山区泉涌寺山内町にある真言宗泉涌寺派総本山の寺院。)

本尊は釈迦如来、阿弥陀如来、弥勒如来の三世仏。

平安時代の草創と伝えるが、実質的な開基(創立者)は鎌倉時代の月輪大師俊芿(がちりんだい

ししゅんじょう)である。東山三十六峰の南端にあたる月輪山の山麓に広がる寺域内には、鎌倉

時代の後堀河天皇、四条天皇、江戸時代の後水尾天皇以下幕末に至る歴代天皇の陵墓があり、皇室

の菩提寺として「御寺(みてら)泉涌寺」と呼ばれている。


仏殿   重要文化財
寛文8年(1668)に徳川家綱により再建。内部に鏡天井には加納探幽筆の蹯龍図が描かれ、三尊仏の

後壁には同じく探幽作の白衣観音像がある。


御座所
現在の御座所は、霊明殿再建時に明治天皇により御所内に会った文化15年(1818)上棟の御里御殿

が移築されたものである。南東に玉座があり、東北には皇后御産の間がある。



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仏殿と舎利殿
舎利殿は御所にあった御殿を寛永年間に改装再建した。

鬼瓦の目が光っている場所を教えてもらっった。




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来迎院
泉湧寺の塔頭
京都泉山七福神の第4番「布袋尊」の札所




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今熊野観音寺
弘法大師が唐から帰国1年後の大同2年(807年)に、熊野権現の化身の老翁から十一面観音像

を授けられて建立された。泉涌寺の塔頭でもあり、藤原諸嗣により伽藍が造立が始まり、諸嗣

死後、次男の藤原春津により斉衡2年(855年)に完成する。

子護弘法大師の像

ぼけ封じ近畿十楽観音

写真の今熊野神社は間違いです。



妹夫婦に八条口まで送ってもらい、京都に別れを告げる。

改札を4時2分に通ったら、5分発のこだまがあるのを確認。

2つのエスカレーターを駆け上り、止まっていた列車に飛び乗った。自由席に移動し始めたら

発車。雪のため、定刻より2分遅れて名古屋着。

夫に春日井まで迎えに来てもらって、夕食の買い物をして、6時15分家に着いた。

昴は嬉ションをして大喜びし、匂いを嗅ぎまくり。雪もピョンピョンと喜んだ。
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妹と京都へ♪
2011/01/17(Mon)
モノレールに乗って門真で京阪電車に乗り換え、神宮丸太町で下車。

東に岡崎神社に向かって歩く。





熊野神社
弘仁2年(811)修験道の始祖役小角(えんのおづぬ)の十世僧日圓が、国家護持のために

紀州熊野大神を勧請したのに始まる。

寛治四年(1090)白河上皇の勅願により創立された聖護院は、当社を守護神として祟めら

れ別当職を置いて管理した。平安末期後白河法皇は度々熊野詣を行われたが、当社にも厚

く尊信をよせられた。応仁の乱により社殿は焼失したが、寛文六年(1666)聖護院宮道寛

法親王は、令旨を下し再興され、その境域は鴨川に至る広大なものであった。その後、天保

六年(1835)にも大修造が行われた。現在の本殿は、この時、賀茂御祖神社(下鴨神社)か

ら移築された代表的な流れ造りである。
 
御祭神は、我国最初の夫婦神である伊弉諾尊・伊弉冉尊であり、縁結び・安産のご利益がある。

病気平癒のご祈願も多い。



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御辰稲荷神社
「辰」の字が、達成の「達」につながるとされ、芸事の神様として信仰されている。

「京の風流キツネは、碁の好きな宗旦キツネと、琴の上手な御辰キツネ…」と謡われ、芸事を

する人たちが多く参拝したといわれる。




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岡崎神社
桓武天皇、延暦13年(794)の平安京遷都の際、勅願により王城鎮護のため平安京の四方に建立さ

れた社の一つで、都の東に鎮座することから東天王と称し方除け・厄除けの神として信仰されて

いる。清和天皇、貞観11年(869)に改めて社殿を造営し、播州広峰(兵庫県姫路市北方)から御祭

神を迎えた。後に後醍醐天皇が御再建。以来室町時代には将軍足利義政等により修造があり、幕

府との関係も深い。治承2年(1178)には中宮の安産祈願の幣帛を賜ったことにより、子授け・安産

の神として昔より信仰されている。



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都の卯(東)の方位にある付近一帯が野兎の生息地で、うさぎが氏神様の神使いとされる。境内の

御手水の所には月の力を満たしたうさぎ像があり、水をかけてお腹を擦ると祈願が叶うと信仰を

集めている。そして本殿前には狛うさぎがあり、うさぎが多産であることから子授け安産祈願。



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浄土宗大本山くろ谷 金戒光明寺
浄土宗の大本山、承安5年法然上人が比叡山の黒谷を下り、草庵を結ばれたのが浄土宗最初の寺院

のはじまり。西山連峰、黒谷の西2キロの京都御所、西10キロの小倉山を眺み山門、阿弥陀堂、本

堂 など18もの塔頭寺院が建ち並ぶ。幕末京都守護職会津藩一千名の本陣にもなった

本尊/阿弥陀如来


御影堂(大殿)
内陣正面には宗祖法然上人75歳の御影(座像)を奉安している

火災による焼失後、昭和19年に再建となったもので、堂内の光線と音響に細部の注意がこらされて

昭和時代の模範建築物といわれている。



山門
万延元年(1680年)の完成。



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三重の塔
くろ谷の西にあった中山文殊が、江戸時代初期徳川秀忠公菩提の為に建立の三重の塔

に安置されている。この本尊の文殊菩薩と脇士の像は運慶の作。

三重の塔下の墓地に『江』の遺髪の入った供養塔があった。




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鈴聲山真正極楽寺 真如堂
比叡山延暦寺を本山とする天台宗のお寺。

真正極楽寺とは、「極楽寺という寺は多いけれど、こここそが正真正銘の極楽の寺である」と

いう意味。一般には「真如堂」と呼ばれているが、それはもともとは本堂の呼び名。
 
今から、約1千年前の永観2年(984)、比叡山の戒算上人が、比叡山常行堂のご本尊阿弥陀如来

(慈覚大師作)を東三條女院(藤原詮子。円融天皇の女御・一條天皇の御母)の離宮があった現

在の地に移して安置したのが、真如堂の始まり。

本堂は、元禄6年(1693)から享保2年(1717)にかけて建立。十五間四面・総欅・単層入母屋・本

瓦葺で、木材にはことごとく「○○家先祖代々菩提の為」と記されている。

本堂正面の宮殿(徳川五代将軍綱吉公と桂昌院の寄進)の中には、ご本尊阿弥陀如来・不動明王

(安倍晴明の念持仏)・千手観音がまつられている。




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真如堂から再び金戒光明寺を通り、てくてく歩く。



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平安神宮
平安神宮は平安遷都1100年を記念して、明治28年に遷都のおや神様である第50代桓武天皇をご祭神

として創建された。当時、京都の衰退ぶりは目を覆うものがあった。幕末の戦乱で市街地は荒廃し、

明治維新によって事実上首都が東京へ遷ったことは人々の心に大きな打撃を与た。

千年以上も栄え続けた雅やかな京都を後世に伝えるために、京都復興にかけた多くの人々の遺志を

後世に伝えるために、平安の祈りをこめて創建された。

その後、皇紀2600年にあたる昭和15年には、市民の懇意によって平安京有終の天皇、第121代孝明天

皇のご神霊が合わせ祀られ、「日本文化のふるさと京都」のおや神様として広く崇敬を集めることに

なった。



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右近の橘
橘の実がなっていた。

春に来た時は、紅しだれ桜が綺麗だったわ。




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知恩院の近くでおばんざいのランチを食べた。

寒かったので、暖かいお味噌汁が嬉しかった。




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高島屋近くを通った時、そういえば以前にPC仲間で来た時、京都出身の方が美味しい漬物の

おみせがあると言っていたことを思い出し、少し脇道に入る。

京つけもの老舗 『村上重本店』

妹が、『すぐき』の好きなお義姉さんに何種かの漬物を宅配で頼んでいた。

私も『すぐきの切り漬け』を買ってみたよ。




高島屋でブーツを見て、錦市場へ。

小さい足にぴったりのブーツがあったけど、3割引きでも年金生活の身では買えない。

ま、履いて行く所もないからいいか。


錦市場をぶらぶらして、烏丸駅から阪急電車に乗り、南茨木でモノレールに乗り換え

千里中央の妹宅へ帰宅。


いっぱい歩いたねぇー




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10/22 京都時代祭り・鞍馬火祭
2010/10/25(Mon)
10/21、県福祉大会に出かけてから、3時に大阪に向けて出発。
妹宅に向かう。


10/22



真言宗智山派 智積院
弘法大師空海上人により開宗された。

上の写真は金堂 ご本尊大日如来
昭和50年、宗祖弘法大師ご誕生1200年事業としてご本尊と共に造顕された。



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講堂 名勝庭園

講堂には平成20年に奉納された、田淵俊夫画伯の襖絵60点がある。

『日本の春夏秋冬』を題材にした墨絵は、自然の雄大さが感じられ心安らぐ。


下の2枚の写真は、国宝障壁画の模写。

実物は色合いがもっと落ち着いている。

桃山時代に全盛期だった加納派に対抗し、独自の画風を確立した長谷川等伯一派のよって
描かれた。楓図・桜図・松に秋草図・松に黄蜀葵図・雪松図・松に立葵図など。



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国宝三十三間堂

修学旅行以来だね。

正式には蓮華王院といい、長寛2年(1164)鳥辺山麓の後鳥羽上皇・院政庁の一画に平清盛
が造進した。80年後に焼失したが、文永3年(1266)に再建された。
室町・桃山・江戸・昭和と4度の大修理により700余年間保存されている。
入母屋総瓦葺、120メートル。正面の柱間が33あるところから、三十三間堂と呼ばれている。
中央の巨像を中心に左右各500体(重文)、合計1001体がご本尊。『十一面千手千眼観音像』


ここでまず1回目の失敗
お賽銭を出そうと思ったら、小銭入れがない…
バックの中を全部出したがねない…
拝観料を払う場所で聞いたら、『黒にK』と特徴を告げたら事務所に届いていた。
はぁー、年はとりたくないよぉー



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IYEMON SARIN でランチ

茶美豚の旨煮丼

ポークステーク御膳 ~甘辛オニオンソース~
お肉も柔らかく美味しくいただいた。



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出町柳のコインパーキングに車をおき、阪急電車で時代祭りを見に行く。

時代祭り

1895年(明治28年)、平安遷都1100年を記念して平安神宮が創建された。
記念事業として時代祭が始まった。祭が行われる10月22日は、桓武天皇が794年
(延暦13)に長岡京から平安京に都を移された日。 風俗行列が行われることである。
明治維新から延暦時代へさかのぼって、順次風俗、文物の変遷を再現する。
現在は20列、2000人に達し行列の長さは2キロに及ぶ。祇園祭、葵祭とともに京都
三大祭の一つに数えられている。 山国勤王隊を先頭に、正午、京都御所建礼門前を
出発、烏丸通、御池通、河原町通、三条通から平安神宮まで4.5キロ間に一大時代
絵巻を展開する。



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行列の中ほどを見て、混む前に鞍馬に移動することにする。
出町柳に戻り、叡山電鉄で鞍馬へ。電車はラッシュアワーなみの混雑。



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鞍馬の町。火祭にむけて準備が行われている。
鞍馬山から下りてきて、凄いことになっているのに驚かされることになるとは思わなかったよ。

こんない静かだったのに、人の海だったよ。お巡りさんの数も半端じゃなかった。

ネットに人の多さと忍耐・体力がいるとは書いてあったけど…

実は…夫は行く前から「そんなにすごいのぉー」とビビリってた。



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火祭が始まるまで時間があったので、鞍馬山(標高584m)に登る。

鞍馬寺仁王門
湛慶作の仁王尊像を祀る。俗界から浄域への結界。

由岐神社
天慶3年(940)鞍馬寺が御所からの鎮守社として勧請した。



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九十九折参道を歩き、本殿金堂へ


本殿金堂
三尊尊天を奉安。

阿吽の虎…狛犬ならぬ狛虎

鞍馬寺は牛若丸(源義経)伝承伝説の地。



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6時から始まるのでパンを食べていたら、鞍馬山は通行規制になるので出てくださいと言われ、
道路に出たらテープで仕切られ、人人人…

一方通行で前の人につずいて歩くように言われるが、一向に進まない。



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大きな松明に火が入るのを見たかったのでふたまわり目に突入。

ふたまわり目に入り前に延々と川沿いを歩かされた。

おしくらまんじゅう状態で見えないよぉー



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駅に戻るのに、今度は川沿いの道へも人が多くて細い橋を渡らなければいけないので
交通規制されて待ちつづけた。

叡山電鉄に乗るのも幾重にも並び忍耐がいる。電車は超満員。足が棒になった。



夜10時過ぎにまだやっていた『くら寿司』で遅い食事。


疲れているのに行きも帰りもすみません。

おかげさまで奇祭を見ることが出来ました。


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4月7日 京都
2010/04/11(Sun)
今日は妹と3人で京都へ




金閣 鹿苑寺(ろくおんじ) 世界文化遺産1994年登録
お釈迦様のお骨を祀った舎利殿『金閣』
臨済宗相国寺派
鎌倉時代に西園寺公経の別荘北山第があったが、足利第3代将軍義満が大変気に入り
応永4年(1397)に西園寺家から譲り受け、山荘北山殿を造った。
義満の死後、遺言により夢想国師を開山とし、鹿苑寺と名付けられた。



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北野天満宮
菅原道真の霊を慰めるために創建された。学問の神。



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平野神社
桓武天皇が平安遷都に先立って大和から移した神々を祀る古社。京都屈指の桜の名所。
45種500本の桜が咲き乱れる。

金閣寺に行く途中、あまりに桜が綺麗だったので北野天満宮に車を止めて桜を見に行った。



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とても綺麗寄って良かったぁー



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円山公園の駐車場に車を置き、妹が予約をしておいたイタリアンのお店でランチ。

SCORPIONE吉右
2500円のコース
・活ホタテと上賀茂で採れた春野菜
・パスタ
・メイン
・デザート
・エスプレッソ

赤ワインで煮込んだ牛ホホ肉のラグーソース



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ぶつ切り海老のソースアメリケーヌ タリオリーニ
イベリコ豚肩ロースの炭火焼


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鯛のポワレ トマトとバジルの二種ソース
デザート
鴨川の見える窓辺での久しぶりの優雅なランチ、美味しかった♪
反対の窓からは満開の桜



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狛犬ならぬ狛イノシシのお寺があった。



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上 八坂の塔
下 ねねの道


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満開の桜を愛で、清水寺に向かう。二年坂・3年坂は平日だというのに凄い人。
京都はどこに行っても外国の人が多いね。



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上 地主神社 縁結びの神様

清水寺世界遺産


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円山公園を通り、知恩院へ



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南禅寺
臨済宗総本山。文永元年(1284)亀山天皇が母親の御所として造った離宮。
大火により焼失し江戸時代に再建。

南禅寺水路閣


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哲学の道を歩く。

寒かったが、さくら満喫の一日だった。


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